「〈第18期〉21世紀の労働運動研究会」の全4回の講座が終わりました。
今回は、上松町(木曽地区)を会場にした第3回講座についてご紹介します。
ハラスメント問題に詳しい小川英郎弁護士が講演
第3回講座は、9月20日(金)、ひのきの里総合文化センター(上松町)でウェール法律事務所(東京)の小川英郎弁護士を講師に迎え、「職場におけるハラスメント及び安全衛生の判例と課題」というテーマで、ハラスメントの定義、職場での具体的なハラスメント対策、カスタマーハラスメント(カスハラ)についてもお話いただきました。会場参加・Zoom参加をあわせて60人が参加しました。平日夜にもかかわらず、会場は、自治労、林野労組の若手組合員を中心に大勢の参加者で賑わいました。冒頭、木曽地区労組会議の西村議長は「学習を通じて本質を見極めることが大事。悩んでいる人達を労働組合としてどう救済していくのか。この問題で職場を去るという人をゼロにすることも労働組合の課題。職場に持ち帰っていただき、対策に役立てていただけたら」と挨拶されました。
講演する小川弁護士
日本の職場環境の悪化がハラスメントの源泉
近年、労働強化や人員の減少などの傾向と相まって、職場でのパワハラ、セクハラ、いじめなどが増えています。さらに顧客からの理不尽なクレームや言動によって労働者のメンタルが傷つけられる「カスタマーハラスメント(カスハラ)」も社会問題となっています。小川弁護士は「職場でのパワハラ、セクハラ、いじめなどの相談が増えている」「90年代後半はリストラや解雇や賃金の問題が圧倒的だった」と長年務めてきた労働弁護団のホットライン(相談ダイヤル)での相談内容の変化から「日本の職場環境が悪化していることに原因がある」「一人ひとりの労働条件が悪くなると、同僚や部下に対して丁寧に気を配る余裕がなくなり、ハラスメントが生まれてきているのでは」と指摘しました。講演では、2019年の「改正労働施策総合推進法」が成立してパワハラが初めて法律で規定されたこと、パワハラの定義、具体的なハラスメントと対策を裁判例を交えながらわかりやくお話いただきました。
日本労働弁護団ホットライン
https://roudou-bengodan.org/hotline/
社会問題化するカスタマーハラスメント
講演の最後にはカスハラの問題に触れ、「カスタマーハラスメントがエスカレートすると犯罪行為に近づいてくる」「基本的には警察対応、どう対応するかを組織の中で線引きをしておくことが必要」と対応策が示されました。質疑応答では、参加者からのサービス残業対策やカスハラ対策などの質問に対して、具体的なアドバイスを頂けました。
会場には50人が集まった。
【講演概要】
職場におけるハラスメント及び安全衛生の判例と課題
第1 パワーハラスメント
1 改正労働施策総合推進法成立
198回通常国会(2019年)で、職場のパワーハラスメント(パワハラ)に対する事業主の措置義務を定めた改正労働施策総合推進法が成立した。
・優越的な関係に基づいて(優位性を背景に)行われること
・業務の適正な範囲を超えて行われること※最も重要
・身体的もしくは精神的な苦痛を与えること、又は就業環境を害すること
※3つの要件を満たすものがパワハラ
⇒詳細は指針に委ねられた(令和2年[2020年]6月1日施行)
◎事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針【令和2年6月1日適用】※パワハラ指針
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605661.pdf
2 定義について
(1)「職場」
「当該労働者が通常就業している場所以外の場所であっても、当該労働者が業務を遂行する場所については、『職場』に含まれる。」
「業務を遂行する場所」には、出張先、取引先、会社の懇親会等が含まれる。また勤務時間外であっても業務遂行との関連性が認められれば、『職場』にあたりうる。ハラスメント防止の観点からすれば、①明確化と②安全サイドに立った解釈が求められる。
(2)「優越的な関係を背景とした」
「行為者に対して、抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係を背景として行われるもの。」
職位、職種・雇用形態の違い、能力・資格・実績・成績などの個人的能力、容姿や性格、性別、性的指向・性自認など、あらゆる要因により事実上生じた人間関係を広く含む概念と解して対応することが求められる。「抵抗又は拒絶できない」ほどの関係がないと安易に解釈することは危険。
(3)「業務上必要かつ相当な範囲を超えて」について
「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」言動であるかの判断にあたって、「個別の事案における労働者の行動が問題となる場合は、その内容・程度とそれに対する指導の態様などの相対的な関係が重要な要素となる」
労働者の行動の問題性が高ければ、指導・叱責が直ちにパワハラに該当しなくなるということではない。多くの裁判例で労働者側の問題点を指摘しつつも、違法性が認められている点に注意。
第2 セクシャルハラスメント
■パワハラよりはるかに早く雇用機会均等法(第11条)で規定された。
1 「職場におけるセクハラ」とは?
=「職場」において行われる「性的な言動」に対するその雇用する「労働者」の対応により、当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されること。
⇒使用者は「職場におけるセクハラ」が起こらないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用機会上必要な措置を講じなければならない(雇用機会均等法第11条)
2「性的な言動」とは?
・性的な内容の発言
・性的な言動
※性別役割分業に基づく言動も含まれる
(例)
・「男のくせに根性がない」
・「温案は若くてかわいい方がいい」
・女性だけにお茶くみ、掃除をさせる など
・女性であるとして、記者を重要な取材先に配置する※財務省事務次官セクハラ問題
■裁判所の意識も低かった。触ったわけでもないのにセクハラにはならないと。今ではすぐにアウト。セクハラ・パワハラ、ハラスメントへの考え方が変わってきている。しかるべき立場にある人が、セクハラやパワハラが起きているのに放置していると、その個人も法律上の責任を問われることがある。
第3 メンタルヘルス不調と労働災害
1 問題の所在
近年、メンタルヘルス不調が業務に起因する労働災害であるとして紛争になるケースが増えている。特に、労働基準監督署が業務外決定をしたため、行政取消訴訟として裁判に持ち込まれるケースが依然として多い。これらの裁判例の傾向を検討し、業務上と業務外の判断が実務上どのようになされているのか、使用者及び人事労務担当者が気を付けるべき点はどこにあるのか、労働者としてはどうすればよいのかといった点について考察する。
■労働基準監督署で認められるのは2割くらいで、8割は却下されている。裁判に訴えるひとは少数でほとんどのひとが諦めている。しかし、裁判に訴えた場合4割くらい国側が敗けている。いかに労基が労災と認めていないかの反証となっている。
■メンタルヘルス不調を労災かどうか判断するには、「業務による心理的負荷評価表」を参照。ハラスメントに関心があったり学びたいひとは理解していただくといい。
「業務による心理的負荷評価表」(厚生労働省サイトから)
https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken04/dl/120427_4.pdf
■メンタルヘルスの労災の申請があった際に、労基署はこの表で判断する。表のなかで「弱」「中」「強」とあるが「強」とされると労災認定される。過去半年間のイベント(出来事)を評価する。
■カスタマーハラスメントの場合、表の27番「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」には心理的負荷の強度「Ⅱ」が付いているが、これだけでは労災認定されない。
【27番】
しかし、「強」になる例として、
・顧客等から、治療を要する程度の暴行等を受けた
・顧客等から、暴行等を反復・継続するなどして執拗に受けた
・顧客等から、人格や人間性を否定するような言動を反復・継続するなどして執拗に受けた
・顧客等から、威圧的な言動などその態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える著しい迷惑行為を、反復・継続するなどして執拗に受けた
・心理的負荷としては「中」程度の迷惑行為を受けた場合であって、会社に相談しても又は会社が迷惑行為を把握していても適切な対応がなく、改善がなされなかった
【23番】
■このようなことがあった場合は、カスタマーハラスメントは平均的には「Ⅱ」だが、「強」として労災として認める。また、半年間のうちに上司からパワハラを受けた(23番「同僚等から、暴行又はひどいいじめ・嫌がらせを受けた」)などの出来事があった場合は「Ⅱ」が二つあることになり、今の実務では「Ⅱ」が二つあれば労災が認定される。
■ぜひこの一覧を活用できるようになってほしい。
第4 カスタマーハラスメントについて
1 カスハラとは?
顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上、不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの。
「顧客」には、今後の利用可能性がある潜在的顧客も含む。
2 抵触する法律
カスタマーハラスメントは、単なるクレームに止まらず、犯罪行為になる場合がある。傷害罪、暴行罪、脅迫罪、恐喝罪、強要罪、名誉棄損罪、侮辱罪、威力業務妨害罪、不退去罪、軽犯罪法違反罪など。
■パワハラにおける会社の中の上司や部下や同僚などの関係とは異なり、カスタマーハラスメントにおける加害者は一般の顧客のため、その人との関係が法律的にあるわけではない。しかしクレームに止まらず犯罪行為になる場合もある。例えば、「今言ったことは録音してあるからネットにあげてやる」などは脅迫罪です。「これで会社を休まなくちゃいけなくなった。日当は○○円だ」などと暗に金を払えと匂わせると恐喝罪です。土下座させようとするなど不必要なことをさせることは強要罪です。ネットで言いふらすなどは名誉棄損罪です。バカなどと厳しい言葉を投げつけることは侮辱罪です。居座って帰らないなどで業務を滞らせるなどは威力業務妨害罪、不退去罪です。
■カスタマーハラスメントがエスカレートすると犯罪行為に近づいてくる。基本的には警察対応。どのくらいでどう対応するかの線引きをしておくことが必要。
3 対策
(1)相談体制の整備
(2)被害者への配慮のための取組み(メンタルヘルス不調への相談対応、一人で対応させない体制整備など)
(3)マニュアル作成、研修の実施
■組織や会社は、あらかじめそういう人が来たらどう対応するかを決めておく。そうしないとどんどんハラスメントがエスカレートする可能性がある。
4 具体的には
帰らない。電話を切らないなど
■丁寧に応対する。怒鳴られても同じように言い返さない。一定の時間が過ぎたら「申し訳ございません。これで切らしていただきます」などと言って切るなどの対応をあらかじめ上司は指示しておくことが大事。話をつないで、相手に切らせないようなテクニックを持っている。
繰り返しのクレーム。
■毅然と対応することが重要。組織として一定の基準をつくっておく。
やめるように説得、やめなければ録音、退去を求める
警備員がいる職場なら警備員にすぐ連絡、複数名で対応することが肝心。直ちに警察に連絡。
「殺すぞ」「ネットで拡散してやる」「口コミに書いてやる」
録音する。脅迫罪にあたることを伝える。退去を求める。警察への通報も考える。
SNSのプラットフォームに削除を要請する。身元が分からない場合は発信者情報開示(弁護士に依頼)して対応を考える。名誉棄損の場合は、警察や弁護士に
【質疑応答】
Qサービス残業への対応はどうしたらいいか?
Aタイムカードを置くのがいい。法律上は1分単位で残業代の支払い必要。労働基準法は罰則付きの法律で、違反した場合は懲役6か月以下、罰金30万円以下の列記とした刑罰法規であることをわからせ、タイムカードを置くのが一番いいのがいいと思う。
Q2~3年で、全国にわたり広域に人事異動が多い職場。人事面で事前調査あるが、本人の希望が叶いにくい。組合では限定的ではあるが、健康面や家庭の事情に限り人事に配慮するよう申し入れている。
A東亜ペイント事件では、企業の方に幅広い裁量権を認めてしまった。単身赴任があたり前だった時代に出た判決。人事異動は違法であると権利濫用だと訴え取り消された事例は少ない。ただ労働者側が勝ったケースは家庭の事情がある場合。有名な明治図書事件は、重度のアトピー性皮膚炎のあるお子様が2人いる家庭だった。両親ともにフルタイムで、特殊な病院への通院が必要だった。夫は労組の副委員長だったので不当労働行為的でもあるが、東京から大阪への転勤を命じた。妻が仕事を辞めないと子どものケアができない。裁判所は、夫への配転命令は権利濫用で無効だと判断。今の裁判所は、家族の事情などで配転は過酷だと判断する場合は、これを無効とする傾向がある。法的に難しい場合は労働組合の力が非常に重要。私がかつて務めていた会社は、非常に組合が強くて、転勤の命令が出ても、本人がいやだと言うなら行かなくていいという労使慣行が確立していて、人事についての同意権を持っていた。いまはなくなってしまったそうですが。本人が希望しない配転については、最大限の配慮をするようにというような職場での慣行をつくっていく取り組みが重要。
Qセクハラやパワハラは、裁判や交渉事にまで至らず悩んでいる人多い。職場でも相談窓口設けているが、相談するひとは少ない。少しでも職場をよくできた事例があれば教えてほしい。この問題で職場を去る人を皆無にしたい。
A本当にその通りだと思います。セクハラ・パワハラを受けて会社を辞めていく人は非常に多いのでなくしていかないといけない。組合がない職場で、パワハラを会社に申告したが、相談窓口が機能しなかったケース。本人は、まずは否定する。言ったかもしれないけど、そんな言い方ではないなどと言って、事実確認ができなかった。相談者は人望があり、職場の人助けをしていた。私は協力してくれる仲間はいませんかと訊きました。職場の同僚が書面で申入書をつくって、再度相談窓口に出したら、調査が必要となりパワハラがあったことを認定して、加害者本人を処分した。これは1人では浮いてしまう。職場での一種の団結があると解決が早い。普段からのコミュニケーションをきちんととれるようにしておくことが重要。
セクハラ・パワハラは早期発見が重要。相談しやすい相談窓口を用意することが大事だが、現実的にはあまり役に立っていないところが多い。経営者相手に話すこともあるのですが、パワハラで社員が自殺したらどれくらいの賠償が必要か知っていますかと話します。裁判例をあげながら、普通の中小企業なら倒産するくらいの金額の賠償を命じられることもあると話します。労働組合からも会社側に経営上のリスクであると説得していくことも有効。横のつながりで学習会を開催して、情報を共有していくことも有効。
Qカスハラについて、警察などに通報するタイミングが難しい。過度な暴言や土下座要求などの場合でも警察に通報等できるのか?また記録があれば後日訴えることもできるのか?
A脅迫や強要でも警察に通報できる。録音は本人の承諾は不要。暴言、脅迫するような人に確認は不要。その方が絶対安全。後日、勝手に録音しやがってと言われても、法律違反ではない。裁判でも証拠になる。
Q役場で長時間、叱責されるという事案があった。
Aできるだけ毅然と対応されることがいい。一人で対応させず組織で対応している姿勢を示すことで相手もひるむこともある。町役場でしたらその中で、あらかじめどういった対応をするかのマニュアルを作成して、体制を準備しておくことが重要。
【参考】
ウェール法律事務所・社員からの法律トラブル相談室・第6回「配置転換」(小川英郎弁護士)
https://ver-law.ne.jp/img/roumu_120915.pdf