2011年3月11日14時46分、東北地方を襲った巨大地震は、街が破壊され津波に飲み込まれ、原発事故によって帰還できない故郷が生まれるという未曽有の大災害となりました。
福島第一原発では、日本の原子力史上、最悪の大事故となりました。原発事故は収束どころから、いまだに放射能を大気中や海洋、土壌に放出し続けています。11年たったいまでも福島県では多くの人々が苦しい避難生活を余儀なくされています。故郷を放射能で奪われ、生活にも健康にも不安を抱えている人々がいる福島の現実があります。政府は、東北地方の復興が進んでいると強調しますが、津波被災地や原発事故の後処理を見ると、とても「復興」が順調に進んでいるとは言えない状況です。
3・11を前にした3月6日、長野市と松本市で脱原発を訴える集会・パレード、スタンディングでのアピール行動が実施されました。
長野駅前で右翼の妨害はねのけ40人がスタンディング
長野市では、市民団体や県原水禁などでつくる脱原発長野行動実行委員会のメンバー約40人が長野駅前に集まり、横断幕やプラカードを持ってスタンディングを行い、トランジスタメガホンで道行く市民にアピールしました。関東方面から来県した右翼団体が街宣車で私たちの行動を妨害しましたが、毅然と対応しアピールを行いました。アピールでは、11年前に福島原発事故から自主避難してきた草野麻理子さん(県労組会議書記)が自らの体験も含めてマイクをもって訴えました(アピール内容は別掲)。
松本市では150人が集会・パレード
福島で子どもの被ばく問題に取り組む千葉由美さんもアピール
松本市では、市民団体や原水禁などでつくる脱原発信州ネットワークが松本花時計公園で「3-6サラバ原発 長野県大行進㏌松本」集会を開き、約150人が参加しました。集会では、福島県いわき市で子どもたちの原発事故後の初期被ばく問題に取り組む千葉由美さんが特別ゲストとしてアピール。集会後には、市街地をパレードして市民に脱原発を訴えました。
「原発が戦争の道具、 おどしに使われることに〝ごせっぱらやける”(腹が立つ/福島弁)」
福島県いわき市からの自主避難者、草野麻理子さんのアピール