コロナ禍で被曝の問題がおろそかになっている
「市民集会・脱原発2021 in 信州実行委員会」が主催して、昨年11月27日、長野市若里市民文化ホールで、北海道がんセンター名誉院長の西尾正道医師を講師にお招きして、「福島原発事故と被ばく、汚染水問題を考える」というテーマで講演会を開催しました。Zoom視聴と会場参加あわせて、約70人の方が参加されました。
講演する西尾正道医師
西尾正道医師は、40年以上、放射線がん治療を行ってきた第一人者です。講演では、医師としての立場から日本における放射線治療の現状と問題、内部被曝を用いたがん治療、見過ごされてきた内部被曝の危険性、福島第一原発のトリチウム汚染水の海洋放出の問題について詳しく解説いただきました。
西尾医師は、「コロナ禍で被曝の問題がおろそかになっている」と指摘し、また「福島原発事故からの10年は内部被曝の危険が隠されてきた10年だった」「トリチウム汚染水の海洋放出は人類への緩慢な殺人行為」と警鐘を鳴らされ、今こそ、内部被曝の危険に目を向けなくてはいけないと訴えられました。
***************************************
【講演概要】
約3万人の患者に放射線治療をしてきた
約3万人の患者さんに放射線治療をしてきました。日本で一番患者さんを診てきた医者だと思います。昔の国立病院では、いい機械をなかなか買ってもらえなかった。そのためラジウムとかセシウムとかの放射線を出す線源を使ってがん治療をするのが私のライフワークになりました。言ってみれば内部被曝を利用した治療。儲からないし技術があるひとがいないのでできる施設がなくなってしまいました。医者でも内部被曝のことをほとんどわかっていません。
内部被曝が軽視され論じられてこなかった
原発事故後、いかに内部被曝が軽視され論じられてこなかったか。内部被曝と外部被曝を例えると、薪ストーブのそばで暖をとるのが外部被曝、燃えたぎっている小さい粉末を口にいれるのが内部被曝です。どっちが危険か。サルでもわかるのに人間はわかっていません。
シーベルトという単位をつかって議論することの間違い
どれくらい被曝したかの換算を実効線量シーベルトという単位で表しているが間違っています。
内部被曝を計算する「実効線量換算係数」は放射性物質1ベクレル(㏃)が人体全体に与える影響度の単位シーベルト(㏜)に換算する「係数」のことですが、1ベクレルという測定可能な物理量を「人体全体に与える影響度」などという「仮想量」に換算するという話自体が詐欺的な疑似科学です。
10マイクロメートル(㎛)周囲にしか被曝させないトリチウムの影響を全身化換算すること自体ができないのですが、ICRPは放射線核種とその化合物及び摂取の仕方(経口摂取か吸引摂取か)に分けて事細かに全く実証性のない恣意的な換算係数を定めて全身化換算しています。
目薬は眼に滴下するから2~3滴でも効果も副作用もありますが、目薬2~3滴を経口投与して、実効線量(㏜)に換算して内部被曝の線量は2~3滴なので影響はないといっているようなものなのです。
内部被曝が隠されてきた10年間だった
アメリカが原爆を開発した過程で、爆発して放出された微粒子が体内に入って内部被曝が健康被害を及ぼすことはわかっていました。1943年から内部被曝を軍事機密にしていました。論じることもできないシャットアウトされた世界で、人体への健康被害が構築されていきました。たしかに原爆が落ちたら、全身の被ばくだから、全身の影響を考えるという点でシーベルトという単位を使って議論するのは一つの方法です。しかし実際には内部被曝がほとんど考慮されていません。健康被害の本体がなかなか見えてこない。福島原発事故後の10年は、一番深刻な内部被曝が隠されてきた10年間でした。
ICRPが内部被曝を隠蔽・軽視し続けてきた歴史
ICRP(国際放射線防護委員会)は、内部被曝に関する審議を打ち切り、内部被曝を隠蔽・軽視し、原子力政策を推進してきました。ICRPは国際的な原子力推進勢力から膨大な資金援助を受けてきた民間のNPO団体に過ぎませんが、その報告をもとに各国はさまざまな対応をとってきました。日本政府もトリチウムが危険だとわかっているからこそ隠してきました。米国は、広島・長崎の原爆投下後も残留放射線や内部被曝はないものとして、隠蔽・軽視する姿勢が続いています。
多重複合汚染の生活環境に置かれている私たち
がんは1950年頃から世界中で増加しています。がんは生活習慣病ではなく生活環境病です。日本では40歳代から死因のトップががん死となっています。このままでは日本人の3分の2ががんに罹患するでしょう。日本社会は放射線被ばくだけではなく、農薬の残留基準値も世界一緩い対応で、遺伝子組み換え食品の普及による多重複合汚染の生活環境によって健康が損なわれていくでしょう。
トリチウム汚染水は陸上保管して技術開発を進める
福島第一原発で大量に保管されている汚染水を海洋放出することが問題になっていますが、トリチウムは今後も陸上保管するべきです。長期保管するための敷地がなくなれば、廃炉が決定した福島第二原発の敷地に保管すればよい。広大な東電の土地が空いている。大型タンクを作り保管し続けるべきです。その間にトリチウムの分離技術の開発と人体影響への再検証も行うべきです。
トリチウムを含む処理水のタンク容量は上限137万トンとされているが、現在すでに128万トン(2022年1月20現在 東京電力「処理水ポータルサイト」)の汚染水があり、また一日に150トンの汚染水が増え続けています。東電は多核種除去設備(ALPS)で汚染水を浄化しているが、トリチウムは除去できていない。推進側は、「トリチウムは自然界にも存在し、全国の原発で40年以上排出されているが健康への影響は確認されていない」と全然制を強調し、また「トリチウムはエネルギーが低く人体影響はない」と安全神話を振りまいています。
東京電力「処理水ポータルサイト」
https://www.tepco.co.jp/decommission/progress/watertreatment/alps01/
しかし、世界各地の原発や核処理施設の周辺地域では事故を起こさなくても、稼働させるだけで周辺住民の子どもたちを中心に健康被害が報告されていますが、その原因の一つはトリチウムだと考えられます。
トリチウムとは?
トリチウム【tritium】(記号:T)とは、原子核が陽子1個と中性子2個で質量数が3の水素が三重水素(3H)であり、天然にも宇宙線と大気の反応によりごく微量に存在し、雨水その他の天然水中にも入っていたが、戦後の核実験や原発稼働によって自然界のトリチウム量は急増し、1950年時点の大気中のトリチウム濃度と比べて1000倍以上のトリチウムが放出されています。
DNAの塩基の分子構造を変えてしまうトリチウム
トリチウムは他の放射線核種と違って、放射線を出すだけではなく化学構造式も変えてしまう。DNAを構成している塩基の分子構造が変化すれば細胞が損傷されます。ですからいくらエネルギーが低くても安全な訳ではないのです。またDNAを構成している塩基の化学構造式まで変えるということは広い意味で人間の遺伝子組換えを行っているとも言えるのです。
トリチウムの元素変換によるDNA損傷
1リットルあたり6万㏃のトリチウム汚染水が放出される
トリチウムの排出規制基準値は、水の形態の場合は60㏃/㎤であり、水以外の化合物の場合は40㏃/㎤、有機物の形態では30㏃/㎤です。
水中放出の濃度規制値は、1㎤あたり60㏃を1リットルに直すと6万㏃/リットルです。それ以下に薄めれば海洋放出できるわけです。なおセシウム137の規制値は90㏃/リットルです。このトリチウムの規制値も根拠はなく、日本で最初に稼働した福島の沸騰水型原子炉では年間約20兆㏃のトリチウムを排出していたので、1割増の年間22兆㏃のトリチウムの海洋放出を認めたものであり、人体影響とは関係がない規制値なのです。
日本は世界一緩い基準です。
飲料水中のトリチウムに関する基準値
安全論でも風評被害論でもなく
トリチウムは自然環境中にも少量存在していたが、現在のトリチウムの大半が核兵器の実験と原発稼働によるものであるため、その生物等への影響については、必要以上に矮小化されなければならなかった。こうした歴史の延長上で安全論と風評被害論の対立として議論されているが、どちらの意見も科学的には正しくはありません。
原発汚染水の海洋放出は人類に対する緩慢な殺人行為
原発事故が起こらなくて、稼働により放出しているトリチウムが健康被害に繋がっているのです。トリチウムは原発から近いほど濃度が高く、それに食物連鎖で次々、生物濃縮します。処理コストが安いからと言ってトリチウムを海洋放出することは、人類に対する緩慢な殺人行為なのです。
新型コロナウイルスによるパンデミックで世界中が大騒ぎしていますが、人間にとって健康に生きることが最も大事なことです。感染症では早期に症状が出ることが多いが、低線量放射線の影響は晩発性です。新型コロナウイルスの感染に関しては、三密を避ければ、それなりに感染するリスクは少なくなるが生活環境中でのトリチウムの被害は避けようがない。唯一、トリチウムをこれ以上環境中に出させないことでしか身を守る方法はない。将来、起こるトリチウムの健康被害を考えてほしい。
【著書紹介】
『被曝インフォデミック-トリチウム、内部被曝-ICRPによるエセ科学の拡散』(寿郎社)
原発事故から10年を経ても放射線による健康被害は軽視・無視され続けている。政府の言うトリチウムの安全性、モニタリングポストの数値、被ばく線量の単位シーベルトを信じてはならない――。〈内部被曝〉も利用したがんの放射線治療に40年間従事してきた西尾正道医師(北海道がんセンター名誉院長)による警告の書。
【サイト紹介】
『自著『放射線インフォデミック』を語る』
(独) 国立病院機構 北海道がんセンター 名誉院長
『市民のためのがん治療の会』顧問 西尾正道
http://www.com-info.org/medical.php?ima_20210316_nishio